長く使える鉄フライパンをどうつくったか

いキッチンツールの次に
黒いキッチンツールを発表したあと、「次は何を?」という声をいただくようになりました。私自身も、暮らしに欠かせない道具の中で「永く使えるもの」を改めて考えてみたいと思いました。そこで取り組んだのが鉄フライパンです。

フッ素加工への疑問
展示などで黒いキッチンツールを紹介すると、よく「フッ素加工は剥がれませんか?」と質問されました。多くの人が経験しているのは、フッ素加工が高温で劣化し、焦げつきやすくなる現象です。それを「剥がれる」と理解している人が多いのだと気づきました。実際、フッ素加工は260度以上で劣化すると言われています。 つまり「買い替えが当たり前」とされている背景には、素材そのものの性質や使い方の誤解もあるわけです。この点は、日々使う道具をどう選ぶかを考える上で重要だと感じました。

工場探しと加工技術
こうした疑問や不満に対して、より長く使える道具を提案したいと考え、私は「鉄フライパン」のデザインに取り組みました。 最初に相談に行ったのは燕市の鉄鍋メーカーです。しかし担当者は「窒化は試したことがあるが簡単ではない」と話しました。鉄フライパンを作るだけなら工場はいくつもありますが、サビに強い窒化処理まで踏み込むと難しい課題が残りました。 その後、プリンス工業を通じて紹介された金属表面処理の技術を持つ工場で、鉄板を窒化処理し酸化被膜をつける加工が可能になりました。こうして、ただの鉄フライパンではなく、長く使えるものに近づいていきました。

木柄の工夫
仕上げとして、取手にはステンレスと竹を組み合わせました。フライパンの木柄といえばホワイトアッシュなど洋材が一般的ですが、日本製を強調するなら何がふさわしいかと考え、竹を選びました。竹べらが水に強く長持ちすることを、日々の料理で実感していたことも後押しになりました。 形状はシンプルな棒状ですが、断面は角を丸めた四角です。丸棒の方が加工は容易で、多くのフライパンがそうなっています。けれど私は、調理した中身を皿に移す動作に着目しました。フライパンを少し傾けやすいように、この形にしたのです。 こうして完成した鉄フライパンは「窒化と酸化皮膜」を施した独自のもので、「OXYNIT加工」と名付けました。ただし、FD STYLEでは商品ごとに個別の名称をつけず、あくまで「鉄フライパン」と呼んでいます。複数のバリエーションを展開する考えはなかったからです。

道具から学んだこと
百年物語としては20cmと26cmの2サイズが対象で、その他は採用されませんでした。運営側は20cmだけにしたかったようで、その理由は「実用的な生活道具」より「スタイリッシュなライフスタイル」のイメージを重視していたからだと思います。 私はあくまで「生活道具」であることを大切にし、そのうえでデザインとして評価されることを望んでいました。わざと無骨にしたり、手仕事感を強調する必要もない。使いやすく、そしてスタイリッシュであること。そのバランスを目指したいと考えていました。 結果として、百年物語の方針とは少しずれていきましたが、それが独自の鉄フライパンを生み出すきっかけになったのだと思います。

暮らしに重ねてみると
この経験から学んだのは「道具は消耗品にすることもできるし、長く育てるものにすることもできる」ということです。フッ素加工のフライパンが数年で買い替えられる一方で、鉄フライパンは手入れを続ければ何十年も使えます。 暮らしの中で道具をどう選ぶかは、小さなことのようでいて日々の積み重ねに影響します。長く付き合えるものを選ぶか、それとも便利さを優先して割り切るか。その選択が生活の質を形づくるのだと思います。

加工について少し詳しく
FD STYLEの鉄フライパンは「スピン加工」で作られています。人がヘラを当てる「ヘラ絞り」と、機械で行う「スピン加工」は基本構造が同じですが、スピン加工は板厚が厚くても成形できる特徴があります。底に厚みが残り、側面は薄く伸ばされるため、軽さにもつながります。 鉄フライパンの加工方法にはプレス、スピン、鍛造があります。どれも内側に型を当て、外側から鉄板を押す・回す・叩くという違いですが、仕上がりの性質は変わります。鍛造の場合は加熱すれば密度が上がり性質が変わりますが、常温加工では大きな差はありません。 また、使用しているのはJIS規格に沿った冷間圧延鋼材(SPCC)です。一般に「黒皮」と呼ばれる熱間圧延材(SPHC)に比べ、表面が滑らかで加工精度が高いという特徴があります。こうした規格に支えられて、日本の工業製品は一定の品質を保っています。 同じ「鉄フライパン」と言っても、鋳物で作られたもの、プレスで作られたもの、スピン加工で作られたものでは大きく違います。ユーザーにとっては見えにくい部分ですが、道具の背景を知ると選び方が変わるのではないでしょうか。

💭 みなさんはフライパンや調理道具を「買い替える前提」で選んでいますか? それとも「育てる道具」として選んでいますか? よければ、みなさんの体験も教えていただけると嬉しいです。

👉 FD STYLEの鉄フライパンはこちらからご覧いただけます

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